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先人はいない息子が歩む道

投稿者
森山文切

先人はいない息子が歩む道
森山文切

 
私の子供はみな早起きだ。下の子は5時起きが普通で、起きるなり朝ごはんを泣いてせがむ。
休みの日は公園に行くことが多いが、起きるのが早いので公園に行くのも自然と早くなる。
沖縄は夜型社会なのでみな朝が遅い。
一番乗りで公園に到着し、誰もいない公園に向かって走り出す子供たち。

ある日、何気なくその姿を後ろから撮って、何気なく揚句とともにTwitterでつぶやいてみた。
思ったより反応があって驚いた。
それ以来気が向いたときにぽつぽつと写真に川柳をつけてつぶやいている。
普通に川柳をつぶやくのとは違った反応があって楽しい。

「何事もまずやってみる」とはよく言われることであるが、Twitterでつぶやいたり流れてくるTLを見ているとそのことを実感する。
予想していない角度からの反応があったり、新たなつながりができたりと面白い。

Twitterに興味はあるけど、なんとなくやっていないという方、ぜひ始めてみてください。
新しい世界があなたを待っています。

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きさらぎの絵に描き添える鳥の影

投稿者
真島久美子

先きさらぎの絵に描き添える鳥の影
木本朱夏

 
顔も見たことが無いその人を、私は佐賀空港へ迎えに行った。
到着口から出てきたその人と目が合った瞬間、なぜかお互い通じるものがあり「木本朱夏さん」だと、すぐに分かった。

これが私の川柳人生を変える大きなきっかけになった。

朱夏さんに背中を押され、卑弥呼の里川柳会を立ち上げた。
冊子のページの振り分け方、誌上大会の流れのノウハウ、全て朱夏さんから学んだことだ。

どこへ行っても「卑弥呼の里の久美子さんね」と言われるようになり、ふにゃふにゃと川柳を続けてきた私のままではダメだと思うようになった。
「卑弥呼の里川柳会」を私が作ったのではなく「卑弥呼の里川柳会」に私が作られていくのだ。

出会いの大切さ、素晴らしさを口にするのは簡単なことだが、その出会いこそが自分を変えるきっかけになる。
塔に入会し、同世代の仲間も増え(投句も増え)、その仲間同士でバカなLINEをしながら、いつもありがたい気持ちでいっぱいになる。

こんな幸せも朱夏さんとの出会いがなければ感じることは出来なかっただろう。
この出会いを磨いていく為にも、私は私に出来ることを精一杯やっていきたいと思っている。

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川柳塔ミニエッセイ

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先ばかり歩きたがるな影法師

担当
文切

先ばかり歩きたがるな影法師
真島清弘

やりたいことをやってきた。

新しいこと。
刺激的なこと。

なぜだかうまくいった。
失敗しても「失敗した」と思わなかった。
うまくいくまでやれば、成功になる。

自分を信じてきた。
前だけ向いてきた。
とにかく突き進んだ。

なぜだかゴールできた。
止まっても「休憩中」と思っていた。
ゴールするまで進めば、ゴールできる。

「まわり」は見なかった。

気がつけば僕は真っ黒だ。
でも真っ黒でいいだろう?
影はいつでも先を行き、僕はいつでも影を追う 。
影があるのはあたりまえ。
僕は黒くてあたりまえ。

「先ばかり歩きたがるな影法師」

ふと声がしてふりかえった。
おひさまがあった。
「まわり」は見なかったから、気がつかなかった。

目の前に、影がない。
僕も、光っている。

影も、黒い僕も、おひさまに背を向けていたからだったんだ。

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子を庇うとき字余りになっている


担当
奏子

子を庇うとき字余りになっている
真島清弘

人は皆、未完成で不完全だ。
なのに自分の子にはいつも満点を望んでしまう。
うちの子は、うちの子は、うちの子は…どれだけそう思って子育てをしてきただろう。
吉野ヶ里大会で清弘さんの句に出会い、目から鱗が落ちた。
ああ、私だけではなかったのだ。
不完全な私が満点を望み子を叱る。
字足らずで頭ごなしに、なぜ出来ないのかと。
そして、子が失敗や挫折をした時、全身全霊、字余りで庇うのだ。
私に何が出来るか…と。
そうして、命は巡る。
人間も動物も親は皆、字足らずで叱り、字余りで庇う。
そこに愛がある限りスパイラルは続く。

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