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かくれんぼしましょうあべのハルカスで


担当
奏子

かくれんぼしましょうあべのハルカスで
丹下凱夫

人はその昔、神の世界に届くバベルの塔を立てようとしたと言う。

その建設途中の塔は遥か天を仰ぎ、雲がかかったとか、かからなかったとか…

「シー!静かにしなよ、見つかったらどうするのさ。」
「見つかったって、人間は僕たちのこと、見えないじゃないか。」
「最近は勘のいい人間もいるんだよ。神さまにも注意されたろう?」
「チッ。君という奴は本当に融通がきかないなあ。」
「さあ、羽根をたたんでエレベーターであがるんだよ。」
「フン。神のエリアと人間のエリア。何千年か前に交わした約束だからな。覚えているのは神さまくらいだよ…。」
「そう言わずに、さあ。確認しに行くよ。」
「ここは余裕で白だな。スカイツリーは危なかったけどな。」
「なあ、君…やはり久しぶりにかくれんぼしないか。」
「羽根はあり?なし?」
「もちろん有りさ!」

バサバサバサッ!

「ねえ、ママー。窓のお外に、飛んでるお兄ちゃん達がいるよ!」
「バカな事いわないの、天使でもない限り飛ばないわよ。」

さあ、あなたも一緒に、かくれんぼしませんか、あべのハルカスで。

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出陣の前にお好み焼きを食う


担当
智史

出陣の前にお好み焼きを食う
藤井智史

私の大好物は、お好み焼きです。

川柳大会の前日か当日の朝、お好み焼きを食べることが、恒例になっています。

ある意味、験担ぎかもしれない(大方の人は、カツ丼だと思いますが…)。

全国の皆さん、藤井智史に、是非、美味しいお好み焼き屋を教えてください。

宜しくお願い致します。

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同窓会握手が上手くなった彼

担当
文切
同窓会握手が上手くなった彼
居谷真理子
川柳塔誌電子化事業で公開している、900号同人近詠巻頭から。

大学進学から長く沖縄にいるので、小中高の同窓会の類にはほとんど参加したことがない。
唯一といっていいのが、成人式のとき。
当時のままというくらい変わっていない人もいれば、面影が全くない人もいた。

私は後者。小学校の頃は成績はほぼオール5、生徒会活動もしていた。
そんな私が金髪チャラ男になったのは皆びっくりしただろう。

揚句の「彼」も変わってしまったタイプだ。
ただそれに気が付いたのは「わたし*」だけかもしれない。
「彼」に「変わってないね」と声をかけた人さえいたかもしれない。

「久しぶり」
と笑顔で「わたし」に手を差し出してきた「彼」
目を合わせられず、顔を見ることができないまま「彼」の手を握る。

「わたしの知っている彼じゃない」

その瞬間「彼」は思い出だけの存在となった。

もう別人となった彼と笑顔で昔話をする「わたし」の変化に、「彼」は気が付いただろうか?

*句の主語としての「わたし」

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最高の日は作らない挑戦者


担当
智史

最高の日は作らない挑戦者
藤井智史

数年前、社会人になってからの友人に
久しぶりに出会った。

楽しい話で盛り上がり、帰り際に私が、
「今日は、最高に楽しかった」と言った途端、
友人は、「最高の日を作るとその上が無いじゃろ」
と言った。

確かにそうだ。最高の日を作ってしまうと、
その上は、無いのである。

川柳だってそうだ。
「今日の出来は最高だった」
で終わってしまうと、それ以上、進歩が無いのである。

それ以来、川柳に関しては、最高の日は作らないように
心に決めている。

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今にして最後に会った日の会話

担当
文切
今にして最後に会った日の会話
藤岡ヒデコ
川柳塔誌電子化事業で公開している、1034号同人近詠巻頭から。

私が27歳の頃だった。立て続けに友人が亡くなった。
サークルの同期が亡くなり、その2か月後に大学の後輩が亡くなった。
2人とも自死だった。

同期は大学の頃同じビリヤードサークルで、毎日のように会っていた。
みなが社会人になってからも、ビリヤード場でたびたび会った。
最後の会話は亡くなる2週間前くらい。
夜10時ごろに「今那覇でみんなで飲んでるんだけど、こない?」と電話がかかってきた。
卒業して地元に戻ったサークルの同期が沖縄に来たので飲んでいるということだった。
「明日仕事で朝から会議だから今日は無理だわ」
「そっか、そうだよね。じゃ、また」
“また”は訪れなかった。

後輩は私が大学院生の頃の学部生で、仲良くなって学部の飲み会に誘われるようになった。
同期と違ってそれほど多くは会っていないけど、10回近くは飲み会をしたはずだ。
最後の会話は廊下で会った時。「今から帰る」と言っていた。
雨だったので「送っていこうか?」と言ったら、「ダイジョブです!」とニッコリ親指を立てた。
それが最後だった。

亡くなるまでは特に意識していなかったけど、亡くなった後ははっきりと思い出された。
最後だと知っていれば、絶対飲みに行った。無理にでも送った。

別れは突然来る。後悔しないようにたくさんの思い出を作りたい。
一番たくさんの思い出を作るべき人は家族だ。
3人の子供は6歳、4歳、2歳。今から10年ほどが、父と子の思い出を一番作れる時期だ。
できるだけたくさんの思い出を、家族と作りたいと思っている。

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