Posts in Category:  

かあさんと呼ばれてお母さんになる


担当
奏子

かあさんと呼ばれてお母さんになる
栃尾奏子

私はハッキリ言ってダメな奴である。
見栄っ張りなので出掛けの際は着飾っていても、家の中が片付いていない事などザラ。
アルコールの誘惑にも弱く、夜遊びばかり、今ほど厳しくなかった事もあり、煙草の悪癖さえ持ち合わせていた。
そんな時、青天の霹靂。
お腹に命が宿る。
文字通り私は雷に打たれた。
私だけの身体では無いこの罪悪感。
これから人ひとりの人生を左右してしまう責任感。
後はもう今までの行いを悔いあらためて無我夢中笑。
この痛みに耐える位なら殺してくれ!と陣痛に耐え、未熟児だった為、1時間おきに授乳し、万年睡眠不足。
毎日が怒涛のように過ぎて行ったある日。
「ま〜ま。まま。」
今まで受動態だった命が私を呼ぶ。
たったそれだけだが、なんと素晴らしい出来事であったか。
そうか、母は初めから母ではなく、母と呼ばれて初めて母になるのだ。
私の母も、私の祖母も、皆、そうして母になったのだな。
不自由にさえ思えた母という職業は、あの日から無限大にさえ思う。
私にとって娘とは、いつも未来に架かる虹の橋だ。(5月生まれの君へ贈る母からのエッセイ)

若手同人ミニエッセイトップ

吐く息も吸う息もなし 夕桜

担当
文切
吐く息も吸う息もなし 夕桜
橘高薫風

川柳塔最新号(1092号)橘高薫風抄から。

私が通っていた中学校は、桜の名所としても有名である(こちらを参照)。
在学当時は、見慣れた光景というか、「通学路に桜が咲いている」という程度の認識で特別な意識はなかった。

大学進学で鳥取から沖縄に移ってもうすぐ20年になる。
沖縄には寒緋桜しかなく、1月2月がシーズンで、散る時は椿のように花ごと散る。
3月末から4月初めは春休みで飛行機代が高く、学生で金もないのでこの時期には帰省しなかった。
沖縄に移ってからは、桜は縁遠いものになった。

大学を卒業してしばらくして、沖縄に移って初めてこの時期に帰省した。
私が学生の頃からは道などが整備されて随分変わっているというので、久しぶりに中学校に行ってみた。

桜が綺麗だった。とても。

在学中に散々眺めて、特に意識していなかった桜に、驚くほど感動している自分がいた。

今の自分には当たり前でも、他人には、将来の自分には当たり前でないことは実は結構あるのではないか。
この句を読んで母校の桜のことを思い出し、日々の暮らしを振り返っている。

若手同人ミニエッセイトップ

くす玉が割れて美しい青空


担当
智史

くす玉が割れて美しい青空
藤井智史

挑戦を始めるのにピッタリの4月。

何もしないですごすには、非常にもったいない。

昨年度は、不完全燃焼で悔しかったんじゃなかったのか。

ぐずぐずしてはいられない。

さあ、始めようじゃないか。

青い空が待っているぞ。

若手同人ミニエッセイトップ

カメラマンも絵かきも同じとこに立つ

担当
文切
カメラマンも絵かきも同じとこに立つ
小島蘭幸

川柳塔誌電子化事業で公開している、801号同人近詠の巻頭から。

最近「インスタ映え」という言葉があるが、映えるポイントはカメラマンにとっても絵かきにとっても同じ。
カメラマンは写真を撮り、絵かきは絵を描く。
同じ場所からの景色でも、写真には写真の良さ、絵には絵の良さがある。
写真でしか、絵でしか、表現できないことがあるはずだ。

カメラマンに絵を描くことを、絵かきに写真を撮ることを強制しても何も生まれない。
お互いを尊重し合う心から、良い作品は生まれるのだと思っている。


若手同人ミニエッセイトップ

春が来る度に一番線ホーム


担当
奏子

春が来る度に一番線ホーム
池森子

後悔はあるか YES
やり残した事はあるか YES
では最後に
あの日に戻りたいか NO!

迷いながら、もがきながら、私は前へ進む。
出会いながら、別れながら、未来へ向かう。
後悔も、悔しさも、時には憎しみさえも抱えながら。
春は前へ進む為のリセットだ。
靴紐を結び直して、ゆっくりと前を向き、口角を上げれば汽車の音が聞こえるはずだ。
ホームには涙を拭く人。
うつむいて考えごとをしている人。
楽しそうな人。
人、人、人。
そして、私も今、一番線ホームに立っている。

進め私!
未来の私の為に!

若手同人ミニエッセイトップ