Posts By 川柳本アーカイブ

最高の日は作らない挑戦者


担当
智史

最高の日は作らない挑戦者
藤井智史

数年前、社会人になってからの友人に
久しぶりに出会った。

楽しい話で盛り上がり、帰り際に私が、
「今日は、最高に楽しかった」と言った途端、
友人は、「最高の日を作るとその上が無いじゃろ」
と言った。

確かにそうだ。最高の日を作ってしまうと、
その上は、無いのである。

川柳だってそうだ。
「今日の出来は最高だった」
で終わってしまうと、それ以上、進歩が無いのである。

それ以来、川柳に関しては、最高の日は作らないように
心に決めている。

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今にして最後に会った日の会話

担当
文切
今にして最後に会った日の会話
藤岡ヒデコ
川柳塔誌電子化事業で公開している、1034号同人近詠巻頭から。

私が27歳の頃だった。立て続けに友人が亡くなった。
サークルの同期が亡くなり、その2か月後に大学の後輩が亡くなった。
2人とも自死だった。

同期は大学の頃同じビリヤードサークルで、毎日のように会っていた。
みなが社会人になってからも、ビリヤード場でたびたび会った。
最後の会話は亡くなる2週間前くらい。
夜10時ごろに「今那覇でみんなで飲んでるんだけど、こない?」と電話がかかってきた。
卒業して地元に戻ったサークルの同期が沖縄に来たので飲んでいるということだった。
「明日仕事で朝から会議だから今日は無理だわ」
「そっか、そうだよね。じゃ、また」
“また”は訪れなかった。

後輩は私が大学院生の頃の学部生で、仲良くなって学部の飲み会に誘われるようになった。
同期と違ってそれほど多くは会っていないけど、10回近くは飲み会をしたはずだ。
最後の会話は廊下で会った時。「今から帰る」と言っていた。
雨だったので「送っていこうか?」と言ったら、「ダイジョブです!」とニッコリ親指を立てた。
それが最後だった。

亡くなるまでは特に意識していなかったけど、亡くなった後ははっきりと思い出された。
最後だと知っていれば、絶対飲みに行った。無理にでも送った。

別れは突然来る。後悔しないようにたくさんの思い出を作りたい。
一番たくさんの思い出を作るべき人は家族だ。
3人の子供は6歳、4歳、2歳。今から10年ほどが、父と子の思い出を一番作れる時期だ。
できるだけたくさんの思い出を、家族と作りたいと思っている。

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子供食堂あの子も呼んで来て欲しい


担当
奏子

子供食堂あの子も呼んで来て欲しい
黒しま

「駅の子」という言葉を知っているだろうか。第二次世界大戦後、頼るところの無い戦災孤児達が駅で寝泊まりする。そこから来た言葉だ。
戦争は大人のせいなのに、下へ下へと溜まるやり場のなさは子供達に降りかかる。
大人が正しいと言うから頷き、さあ行こう!という方向について行ったらいつのまにか駅の子になったのだ。
子供達に罪は無い。
今も昔も子供達はその国の大人の指差す方へ向かい、大人達の正しいに頷く。
だから私達大人はしっかり正しい未来を見極める責任がある。
子供達はその国の未来の象徴だ。
駅の子は、もう居ない。
でも、手を伸ばしてギュッと抱きしめるべき存在は消えては居ない。
子供達がお腹いっぱいで、いつも幸せである様。
いつも笑っていられる様。
明日を楽しみに、おやすみなさいが言える様。
私達大人の大事な使命は続く。

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発車オーライ 川柳塔列車は行く


担当
智史

発車オーライ 川柳塔列車は行く
藤井智史

平成30年10月6日(土)、川柳塔まつりが

アウィーナ大阪にて行われます。

楽しい大会終了後には、もっと楽しい懇親宴が
行われます。

ここ2年、「高原列車は行く(岡本敦郎)」を
歌わせて頂いております。

歌に合わせて、皆さんの協力のもと脱線しても
自動修復のかかる、「川柳塔列車」をその日
一本限り運行しています。

皆さんが許して くださるのであれば、今年も
運行させてください。

川柳塔列車…懇親宴会費を支払っておられたら、
         どなた様も無料。
         怪我をしない程度の飛び込み乗車も
         可能。
         ドアは、運行中常に開放しています。
         長ければ長いほど盛り上がります。
         皆さん、どうぞ宜しくお願い致します。

大いに呑んで、食べて、歌って盛り上がりましょう。

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なるようになると呪文をくりかえす

担当
文切
なるようになると呪文をくりかえす
安土理恵
川柳塔誌電子化事業で公開している、1038号同人近詠巻頭から。

「なんくるないさ」という沖縄の方言がある。
テレビドラマなどで世の中に広く認知された。
沖縄の人はおおらか、悪く言えば、何でも適当にする、いい加減な気質であるということの代表的なフレーズとして使われるケースがあるが、これは本来の意味とは異なる。

元々は「まくとぅそーけーなんくるないさ」という定型句(まくとぅ=真)で、「正しい行いをしていれば、自然とあるべき様になる」という意味らしい。
「なんくるないさ」だけが広まっているが、「正しい行いをしていれば」という前提がある。

「なるようになる」という呪文は、やるべきことをやった人が唱えてこそ効力を発揮する。
有無を言わさぬ説得力を持つ、沖縄のオバーの「なんくるないさ」のようになるには、日々の地道な努力が必要なのだ。

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