森山盛桜ミニ句集

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森山盛桜ミニ句集「柿ノ木のうた 抜粋」

森山盛桜 (もりやませいおう)
川柳塔社(同人、理事)
鳥取県川柳作家協会会長
川柳塔鹿野みか月会長

出版物
森山盛桜川柳集 柿ノ木のうた

PDF版:下の画像かここをクリック


本ミニ句集は、平成二十四年に発行された「森山盛桜川柳句集 柿ノ木のうた」からの抜粋です。

はじめに
 川柳を始めて三十五年になる。飽き性にしては、よく続いていると思う。新聞柳壇を見ていて、「これなら僕にも出来る!」と突然思い立って応募した。知識は全くゼロであったが、たまたま入選したのが続けるきっかけとなった。あの時没になっていたら、そこで止めていたと思う。きっかけというのはそんなものだと思う。一時期は高尚な句に憧れた時もあり、それらしい句も残しているが、近年は川柳の本質である人情の機微が詠めたらと思っている。
 句集を出す事など考えてもいなかったが、妻と娘の奨めもあってその気になった。一番の目的は、家族に読んでもらう事なので、内容もそのように考えたつもりである。従って序文・跋文はどなたにもお願いしていない。

略歴
昭和二十二年生まれ  本名森山澄夫  雅号盛桜(せいおう)
昭和五十二年     日本海新聞に投稿 川柳を始める
昭和五十四年     飯田蚊眸氏、山下以草夫氏、中原諷人氏等とみか月川柳会を創設
昭和六十年      大阪川柳塔社同人
平成八年       川柳塔鹿野みか月会長
平成二十三年     鳥取県川柳作家協会会長

昭和五十二年四月六日 日本海新聞柳壇
合格の祝い晩酌やめて買い
現実には有り得ない状況かもしれないが、何はともあれ生まれて初めて世に出た川柳であった。

昭和五十二年~昭和五十五年 
内職がはずむか母の機嫌よさ
看護婦の妻マニキュアのない化粧
小心がチャンス握ったまま果てる
落ち着きと見られ横着頼られる
嘘ついた日の心臓にある産毛
世にすねたイチゴは白いままでいる

昭和五十六年~昭和六十年
山陰の男無口を誇りとす
ちちははの運も不運も聞いてない
ハエ追ってなんと平和な八月よ
ロボットに学ぶと心まで冷える
カミソリの頭上からでも熟れてやる
息切れと母の日記に書いてない

昭和六十一年~六十四年
大切な人と他愛のない話
それぞれの火種を抱いて人と人
一心に洗うきのうの手の汚れ
一億のあなたも中の上ですか
平仮名のひとことなのに解しかねる
野辺の花だれを裏切る訳でなし

平成元年~平成五年
桜咲くまでに和解をしておこう
論客の酒が理屈になってくる
指切りを休み過ぎたと思う指
節穴の位置がわたしの目の高さ
朝が来たまた人間を続けよう
手帳には書けない予定だってある

平成六年~平成十年
人生のどこかで区間賞を取る
見くびるな昨日のむくろではないぞ
失恋の不覚ハンカチは桃色
臆病な栗で最後に爆ぜてみる
ざくろの実みんな悪友らしい顔
豆かじりながらポツポツ喋ろうか

平成十一年~平成十五年
うかつにも声が黄色くなってきた
人間の終わりを人間が囲む
峠から夫婦は夫婦だと思う
あぜ道に立つと輝く父である
まだやれる終着駅でまわれ右
人情はここにもあるぞ千鳥足

平成十六年~平成二十年
コンマからあとの話は解らない
又ひとつ薬が増えたのは不覚
粥食べているが戦に行くつもり
まだ使うつもりで折れた矢を洗う
たくさんの人だ味方もいるだろう
真っ先に賞味期限の欄を見る

平成二十一年~二十四年
ひるんだらなめくじなんかやっとれん
万策が尽きたら笑うしかないな
着ても着ても着ても裸の王様
何をして来たか六十年の指
風船が割れたら意味のない空気
途中から逃げたが自責点はゼロ

柿ノ木よ僕はせいぜい六十五

おわりに
 我が家の庭の真ん中に西条柿の木がある。樹齢は不明。物心がついた頃からでんと構えていて、毎年恩恵にあずかって来た。最近は少し弱って来たのか、時々ポトポトと枝を落とす事があるが、この木には愛着がある。
 父が亡くなった後、偶然見つけたノートの数ページから、父も文芸活動を行っていたことを初めて知った。

亡父森山敬山(本名 保男)の作品(昭和二十年代 本ミニ句集では川柳のみ抜粋)
井戸端は噂話の花が咲く
夕飯の不足うどんで間に合はす
今日も又きのうと同じかゆすする
敬山はもともと書道の名前らしい。亡父の足跡もここに残す事にした。

 サラリーマン人生は、丁度四十年であったが、こちらもよく続いたと思う。仕事の関係で、中国には何度も行ったが、万里の長城と兵馬俑抗には縁が無かった。機会があればとは思っている。
 職を辞して一年半。生活パターンにもようやく慣れてきた。最近は高齢化問題がよく出て来るが、とやかく言っても始まらない。前向きに考えれば、高齢者が輝く方法は、いくらでもある。川柳を友とし、野菜作りと釣りを活性剤にして暮らしている。

森山盛桜
平成二十四年六月吉日

(平成29年6月15日掲載)

5 Comments

  1. 返信
    くみ 2017年6月20日

    盛桜さん 今日わ〰❗初めまして。
    文切さんのミニエッセイで お父上と しりました。 「天はハンカチ思い切り泣いてみる」心にスーとはいってきましたね。
    今回の 50句 じっくり味わってみたいとおもっています。 ありがとうございます。

    • 返信
      森山盛桜 2017年6月21日

      くみさま、見て頂き有難うございます。初期の句は川柳と言えるような物ではなく、誠におはずかしい限りですが、川柳の足跡を残しておこうと思った次第です。どうぞよろしくお願い致します。

  2. 返信
    森山盛桜 2017年6月16日

    完司さま、かつらさまありがとうございます。
    日本に居ながら入って来る情報と、実際の中国は違うというのが私の実感です。一般に民間人は優しいという感じです。全ての面でスケールが違います。特に万里の長城、各地の鍾乳洞、雲南省の石林など圧倒される物ばかりです。
    私が産まれた当時はみんな貧乏で、亡父の句は実感かなと思いますが、昭和50年代に亡父を川柳に誘ったのが初めてだと思っていたので、全く知らなかったというのが本音です。

  3. 返信
    新家完司 2017年6月15日

    中国へ何度も行かれたのは、たしか、求人で行かれたとお聞きしたことがあります。
    仕事優先で物見遊山どころではなかったのでしょう。
    長年サポートして下さった奥さまとのフルムーンで、是非とも万里の長城と兵馬俑を!
    私もあまり女房孝行はしていませんが、一緒に行った数少ない旅行先の一つが中国。
    TVで万里の長城や兵馬俑が出るたびに、「あっ、ここ行った!」と喜んでいます。

  4. 返信
    大田かつら 2017年6月15日

    文切さんのお父様は私と同じ年代でしたか、、なるほど、、感じ入るばかり、、。私は何故か文切さんのお祖父様敬山さんの句に強く惹かれ唸りました、、かつらより

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