思い出の場所が見えなくなった丘

担当:文切 思い出の場所が見えなくなった丘
森山文切

私が通っていた小学校は、6学年合計でも100人ほどだった。
人数が少ないので全員の名前を覚えていた、はずだ。
今は全員は思い出せない。アルバムで顔を見たら名前が出てくる人もいるとは思う。

通っていた学校はというと、もうない。数年前に近隣の小学校と統廃合され、今は更地である。
統合された先も、今年の4月から「義務教育学校」として中学校と統合され、小学校すらなくなってしまうらしい。

私が生まれたのは田舎で、30年経った今でもあたりの景色はあまり変わっていない。
でもところどころ、たくさんの思い出があった場所がなくなっている。
全体としては変わらないけれど、大切な場所がなくなっていく。

たぶん、わたしも。

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2 Comments

  1. 返信
    奏子 2018年2月21日

    小さい頃住んでいた場所は、畑があり、田んぼがあり、神社の裏山には池があり…春のレンゲ畑のままごとにはじまり、セミ捕り、ザリガニ釣り、トンボを追いかけ、巡る四季を追いかけるように一年を遊んだ。
    30歳を超えてから気まぐれで行ってみると、田んぼも畑もマンションに。
    池は埋められ総合施設の駐車スペースになっていた。
    なんだか悲しくて涙が止まらなかったが、目を閉じると、あの頃の風景が見えた。
    文ちゃんも次は丘で目を閉じてみて。
    きっと、あの頃に会えるはずだから。

    • 返信
      森山文切 2018年2月21日

      コメントありがとうございます。
      私のところは田舎なので、通学路からの景色はほとんど当時のままです。
      ただ小学校だけがない。すべて変わってしまうのとはまた違ったさみしさがあります。

      丘から見える景色も小学校がない以外はほぼ当時のまま。
      次行くときは目を閉じてみます。

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